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第63話

Author: 狐狸
last update Last Updated: 2025-07-26 12:59:28

ジェームズはカイルの、その不遜な態度に眉をひそめた。

「カイル、貴様。またしても姫様の許可なく、私室に入り込んだか。その無作法を叩き直してくれる」

その声には静かな怒りが宿っている。

「そうですわ!姫様は、お一人で静かにお考え事をなさっていたかもしれないでしょうに!少しは遠慮というものをなさい!」

リリーもまた、ぷんぷんと怒った様子で、カイルを睨みつけた。

しかしカイルは、そんな二人の怒りを気にも留めない。

彼はやれやれと肩をすくめると、飄々と言い返した。

「おやおや、揃いも揃って朝から元気なこったな。骨董品に透明お嬢さん。俺はただ、姫様が退屈してないか見に来てやっただけだぜ。二人こそ、俺と姫様の甘い時間を邪魔しに来たんだろう?嫉妬は見苦しいねぇ」

「甘い時間ですって……?」

リリーが、呆れたようにその言葉を繰り返す。

カイルはその反応を面白がるように、肩をすくめた。

「そうさ、甘い時間だ。これから始まる、陰鬱で面倒で成功するかも分からない、公爵様の呪い探し。こんな面倒くさくて成功しないであろう、甘美な時間の相談をしていたのさ。羨ましいか?」

その言葉を聞いた二人は、盛大にため息を吐いた。

ジェームズが気を取り直して、アイリスへと向き直る。

「姫様。まず我々がすべきは、情報収集かと。オルフェウス公がいつから心を閉ざされたのか。生前どのような御方だったのか。あの大書庫の館長殿に改めてお話を伺うのが筋でしょう」

「ジェームズ、それも大切ですけど……。でも、もっと公爵様ご自身の心に触れるべきだと思います。このお城に満ちる悲しみそのものが、きっと重要な手がかりのはずですもの」

リリーがそれに続く。

「おいおい真面目かあんたら。文献調査に、感情論かよ。そんな悠長なことしてたら、姫様の方が先に腐っちまうぜ」

カイルのその不謹慎な言葉に、リリーがあなたと一緒にしないでと睨みつけた。

アイリスはそんな三人の議論を、静かに聞いていた。

そして彼女は自らの気づいた、最も重要な事実を告げる。

「お三方ともありがとうございます。ですがわたくし……一つだけ確信していることがあります」

彼女のその凛とした声に、三人がはっと彼女を見る。

「このお城に流れる、あの竪琴の曲。あれはわたしの知っている、唄なのです。公爵様の呪いとわたくしの知っている唄。それがきっと、何かの手掛かり
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